第85回東京箱根間往復大学駅伝競走(往路)―東洋大学初優勝おめでとう!! |
Ⅰ.最初に 私は東洋大学大学院経営学研究科(2002年修了)出身である。2000年からの箱根駅伝応援の初心者だが、彼らの快挙には、テレビ中継の前に涙ぐみ、非常に勇気をくれた。感謝したい。 Ⅱ.今までの箱根駅伝と東洋大学の歴史 東洋大学は、過去84回の箱根駅伝開催の中で66回出場、歴代出場回数5位の位置にある。(1位:中央大学82回、2位:日本大学 79回、3位:早稲田大学 77回、4位:法政大学 72回に次ぐ。 ) 一方、歴代の総合順位は、総合成績3位(S35年)、往路4位(S15年)、復路2位(S35年)と、出場回数における順位は低迷しているといって過言ではない。 また、平均順位は、8.5位とシード権確保ギリギリの順位と言っていい。 近年、東洋大学が箱根駅伝が強くなったのは、H14年の川嶋伸次監督の就任以降と言ってよいのだろうかと思う。 さて、2008年を振り返ると、日本三大大学駅伝の一つ出雲駅伝では、同校歴代最高記録のタイムを記録した5位と、全日本駅伝の4位と非常に好位置につけていたといっていい。 また、箱根駅伝エントリーメンバーも出場校数の中でも最も早い最高タイムを持っていた。 Ⅲ.不祥事と監督辞任 東洋大陸上部員(20)が強制わいせつ容疑で逮捕された事件で、関東学生陸上競技連盟は5日、都内で特別審査委員会を開き、来年1月2、3日の箱根駅伝への出場を認める一方、大手町と芦ノ湖での応援団を伴う応援禁止などの処分を決めた。引責によりここまで東洋大学陸上部を大きく育てた川嶋監督が辞任。また、陸上部の1週間の練習禁止と、集団応援の禁止となった。一方、2004年の中越地震の被災地・長岡市山古志地域の住民らが、1月2、3日に行われる「第85回東京箱根間往復大学駅伝競走(箱根駅伝)」で、東洋大学(東京都)の応援に駆けつける。同大は、部員の不祥事のため大学としては応援を自粛することを決めているが、住民らは「東洋大には復興でお世話になった。今度は俺らが元気づける番」と応援に行く。 東洋大は、長島忠美・元山古志村長の母校で、震災後には延べ約4000人の学生ボランティアが倒壊家屋の片づけや仮設住宅での被災者支援などに尽力。長岡市と復興などの分野で「包括連携協定」を結んでいる。 8月には、陸上部の選手が山古志で5日間の夏合宿を行い、「箱根の山を制するには“山越し(山古志)”魂が必要だ」と起伏の激しい道を走り込んだという。住民らは「落ち込んでいる選手を元気づけたい」と自主的に応援に行くことを決めたという。 “応援団”は約15人で、1月2日未明に山古志を出発し、往路・復路とも小田原中継所近くの箱根山麓で声援を送る予定だ。ただし、大学の意向に従い、横断幕や手旗などは持たないという。 応援に行く「山古志住民会議」の星野勇代表は「山古志のために力を尽くしてくれた東洋大への恩返しになれば」と話している。 Ⅳ.その時来る(往路)① 今年の東洋大学の箱根駅伝の戦略は今までの戦略とまるで違った。これは、層が厚くなった部分が大きいと私は考えているが、それまでの箱根駅伝の戦略は、前半の特に3区までが目立ち首位近辺にいて、目立つ。そして、箱根の山の上り下りで14位前後になり、かろじて総合でシード権を荒そう戦い方とは全く違うエントリーメンバーを配置する意思をうかがい知れた。 1区では、最高タイムではさほどでもないが、先月行われた関東10マイルロードレース大会で優勝した調子の良い若松を配置。一区は、各校が牽制し合う区間でもあるためさほど差が出ない(ここから続くものは、私見であり、まったく根拠に乏しいです。。)。 2区は、エース区間であるところにベテランの4年生山本を起用。 3区も、東海大学佐藤や早稲田竹沢などのエースを並べる区間であるところにエース大西智を起用。 4区は、繋ぎの区間と考えられる処に、1年生宇野を起用。 そして、最後に1年生ながら関東インカレにて好成績を出し、かの山の神様と言われた元東海大学今井の記録に挑戦する意気込みを語った柏原を起用した。 Ⅴ.その時来る(往路)② 1区はスタート直後からスローペースで進んだ集団の中で、若松選手がボジションを変えながらの展開にスパートの時期をうかがっているように見えたが、終盤に来て集団から離されるもトップに18秒差の8位に踏みとどまり鶴見中継所に。順位こそ、8位なれど先頭と18秒差は十分な出来だ。 2区の山本選手は、前方を追撃できる絶好の位置で襷を受けるも、最後の箱根で見せ場を作れずに終わり残念な走りであった。 3区の大西智選手は、鉄紺史上43人目となる4年連続箱根駅伝出場を果たし、トップ追撃への流れを立て直す実力の走りで5人を抜き去り、箱根ラストランを東洋記録更新で締めくくった。この時点でトップ山梨学院大との差は3分33秒。区間記録も3位となる。 4区は柏原選手と双璧をなす1年生のスピードランナー宇野選手。9位で襷を受け取るも一時は3位集団に追いつき先頭を走る強気な走りに、大器を片鱗を感じる。小田原中継所でのトップ早大との差は4分58秒。 そして5区の山上りは今や学生長距離界期待のルーキー柏原選手。この時、9位の現在位置から3位までの時間差は約1分。私は、この時3位までの可能性は十分あるのではと思い固唾を飲んで中継を見守った。スタート直後から持ち味の積極果敢な攻めの走りで快調に飛ばす。前半快調に飛ばすものの、私の目にはあの山の神様と言われた今井と同じような走りをするとは、考えつかなかった。今までの東洋大学箱根駅伝でよく見てきた、気持のはやりが自らを掻き立て、後半失速のパターンかと感じた。観客としては、それは悪くないとも感じていた。顧みない気持ちで走り続けてくれとも思った。しかし、1年生の彼がここまでやってくれるとは、予想だにしなかった。トップまでおよそ5分のビハインドがある中、19歳の鉄紺ランナーが他校の選手を次々に抜き去る見慣れない光景に鳥肌が立ちつつも、「もしかしたら」との予感が頭をよぎりはじめる。前を行く日体大をかわして3位に浮上した瞬間、これは往路優勝が現実に起こるのではと今度は胸が熱くなる。2位の山梨学院大を捉え、ついにトップの早大をかわした瞬間、思わず快哉を叫んだ。かつて第80回大会の2区で三行選手が8人を抜いてトップに立ったとき以来の感激であった。その後、早大・三輪選手に再三粘られるも、昨年の関東インカレで駒大の3選手に競り勝った最後の勝負強さを目の当たりにしていたので、柏原選手のラストスパートを信じていた。そして、鉄紺東洋の伝統に新たな歴史を刻むべく、初の往路優勝のゴールを柏原選手がガッツポーズで駆け抜けた。山の神様(今井)から、山の神童(柏原)の誕生した瞬間である。 往路優勝の表彰の時に語った、柏原のあどけない笑顔が印象的な瞬間であった。 参考ホームページ: 輝け鉄紺 http://www.geocities.jp/toyogogo_tu/ 読売新聞 |
by urawareds2005h | 2009-01-02 23:22 | 日々雑感
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